2016/03/20

全力で脱力する

力を抜くということは、
堕落すること?
何も出来なくなること?
いいえ。
力を抜くということは、押さえつけていた'たが”を外すということ。
だから、力を抜けば抜くほど、逆にメキメキと、自分の内側から生命力が湧いてくるんだ。
ここ最近、私が全力で発信していることや、なんだかとてもスパークしていることは、鈍くない人であれば、なんとなく感じてくれていることと思います。
それらは全て、力を緩めたことで自然に起こっているのです。
おかげで、自分でも驚くほどに結果が出てる。
だって、ぶっちゃけ昨年の年収分が、現時点ですでに稼げつつあるのだから…
しかも、暇なのに!!!
(これが最大の自慢ポイント)

これは、奇跡だと思いますか?
いいえ。これが私のスタンダードです。
きっと、これが本来の私なのだと思ってます。

私はね、全力で力んでた。
自分の個性を、自分の輝きを、必死の力で押し込めてた。
目まぐるしく動き、忙しい中に身を置くことで、そんな事実からも目を背けてた。

なぜ、そんなに力んで押し込めていたのかは、長くなるのでまた別の機会に書くとします。
とにかく、今日ここで伝えたいのは、「たがを外そうぜ!」ってこと。
力を緩めることは、力を使うことよりも難しく思います。

頑張ることに慣れていた私にとって、力を緩めることは苦行でした。
力を抜けば、汗が出ます。涙が出ます。血も出ますし、糞尿も出ます。
汗と涙まではまだキレイめ部類ですが、血となれば引きますし、糞尿まできたらその自らの汚さ臭さで死にそうになりますよ。

そう、全て垂れ流し。
これが、完全に明け渡すということ。脱力の極み。
なかなか難しいです。
けれど、なぜそんなことまでして力を抜く決心がついたかというと、

現状のストレスを感じ切ったからです。
頑張ってもなかなか思うようにならない自分に「もういやぁぁあーー!」と叫び倒して、こんな自分はこりごりだ、張り倒してやりたいと心底思えたからです。

ここで、今日伝えたいことその2ね。(やっぱまだあるんかい)
「ストレスを感じきろうよ」と。
巷では、「ストレス解消」やら「ストレスにのまれない方法」など、ストレスが悪いことのように捉えられる風潮がありますが、このストレスこそが魂の声だと思ってます。
ストレスは解消しようとするものではなく、よく感じていくことで、勝手に解消されていくもの。

何が不満?
何が欲しい?
どんな生活ができたら、そのストレスがなくなるの?
それは何のため?
自分にお伺いを立ててみる。
すると、自ずと自分の道が見えてくるはずです。
というわけで、
たがを外そう!ストレスにのまれまくろう!
それが、自分を最大限に生き切る道。
まぁ収入が2倍どころじゃないスピードでアップしていたりと、三次元での結果がついてきている私が言うのだから、信憑性あると思うんだけどな。なんつって。

ここで「舞子だからそうなだけで」「私は舞子と違うから無理だ」なんて声が聞こえるかもしれない。
これは、そうとも言えるし、そうとも言えない。

なぜなら、私が魂の仕事をしていく中で、お金を生み出すことがそれに含まれているだけだと思ってるから。
なぜなら、その生み出すお金が、なんらかの形で世のためになるのだろうと思ってるから。
とはいえ、私が何かに寄付するとかそういう直接的なものを指すのではなくて、
人間って思うように生きれるんだといったような、「希望」を抱かせるいう意味も含めて。
つまり、自分が設定してきたことなんだ。
いずれにしても、自分が何を目的に生まれてきて、この世界で何がやれるのかを知っていれば、社会的に成功を収めようが収めまいが、それに囚われなくなる。 

正確に言うと、囚われてもいいんだけど、そこがゴールじゃなくなる。
だからなの。
だから、たがを外す。ストレスを感じ切る。
そうすれば、自分の目的を思い出す。
思い出したら、あとは、それに向かうだけ。

これが、自分の道を歩む第一歩だと思ってる。