2016/05/15

失ってから気づいたって、いいじゃない

私はまだまだ未熟なので、

事あるごとに落ち込みます。
悲しくなったりします。
不平不満を漏らしたりもします。
不幸せだと思ってしまう時もあります。


けれど、そんな私であっても、唯一、絶対的に幸福を感じる時があります。
それは、娘と犬が揃って寝ている姿を見る時。


















この時ばかりは、
どんなに辛い渦中にあっても、私は完璧に満たされていると思えた。
どんなにどん底でも、私はありのままで完全だと思えた。
どんなに先が見えなくても、私はすでに何もかも与えられていると思えた。

このように、私にとって二人の寝顔は、至福の極みだったのです。

そんな中、大きな変化を迎えました。
娘が一人で寝たいと言い出したので、ベッドを購入してあげて、先日からついに自分の部屋で寝始めたのです。
初めて別々で寝た日の夜、それはそれはぽっかりと心に穴が空きました。
まぁ、あれだけ至福だったわけなので、そこのところは覚悟していました。

しかし、その後ふと隣の旦那の顔を目にした時、意外な衝撃が走りました。
「あれ!? 10年前に戻ってる!」

そう。
そこにあったのは、娘が生まれる前の、結婚当初の光景でした。
そこで初めて理解したのです。
子育てとは、なんとあっという間なのだろうと!!!!!

親としての悩みを、母に相談した時によく言われました。
「今の時期だけだから。あっという間だから」と。
その言葉が、ようやく腑に落ちました。
もし、もっと前からわかっていれば、もう少し優しくできたかもしれない。
けれど、そんな想いとは裏腹に、過ぎ去って初めて理解したり、失うことでしか気づけなかったりしても、いいんじゃないかと思うんです。

私ね、最近「後悔」することさえも、怖くなくなった。

「失う前に気づけるように」とは正論で、そうはいかない現実ってあるじゃない。
まさに子育てがそうで、綺麗事では決して片付かないことばかり。

こんなふうに書いている私だって、毎晩「早く寝ろ寝ろ念仏」を唱えまくっていたし、寝てる時に足で蹴られてイラッとした。

その渦中にいる時は自我にまみれて、
大切さを見失うことも、
それを後になって悔いることも、
そこから新たに何か気づくことも、
さらに忘れてまた反省することも、
きっとある。

でも、それ自体がもう全て、愛おしい経験なのです。

私は今回、娘と犬と寝る時間がもう二度と戻らないのだということを体験として理解して、より一層、娘との時間が大切に思えるようになりました。

失って気づけるのであれば、私はこれからも前向きに「失う」ことを受けて立ちたいと思います。

添い寝おっぱいから始まり、寝かしつけ、絵本の読み聞かせなど、たくさんたくさんやってきました。
娘が寝た後に仕事をしなければならない時に限ってなかなか寝ついてくれなくて、結果2時間以上の寝たフリをしたこともざらにありました。
お疲れ、私。

ひとつの役目が終わった今、寂しさと安堵を感じながら、これからまた更なる至福の極みを味わえることに、想いを馳せています。