2016/06/12

毎回楽しみにしている、踊りの稽古in大阪から帰る道すがら回想中。
今日もたくさん先生とお話しできて、ときめき全開。

「まだ、何かしようとしてる。狙ってる。もっと、何もしなくてええねん♡」

「自分が頑張って鍛えた力なんて、あっちこっちに存在する力に比べたら、たかがしれてんねんで♡」

「自分が正しいと思うこと、考えやこだわりは、相手を潰してまで押し通そうとするほど大事なことなんかな? そこまでして守ろうとするほどのことちゃうと思うわ♡」

「誰かと勝負して最後一人自分だけ勝ったとしても、自分がみんなを潰してもうてるから誰もおらんくなるやん。そしたら自分が困るやん♡」

あまりにも愉快に、笑顔でチャーミングに話される先生の姿と、お話しの深さのギャップがもうたまらなく素敵すぎる。
このように、踊りといっても、ただ振り付けを習うだけではありません。

人として本来あるべき姿というのを見せてもらい、またそれを阻害するような、自分がしている不自然なことに気づかせてもらっています。
つまり、生きる極意を、踊りという定義を通して教えてもらっています。
だからわざわさ大阪まで行くわけで。

以前の私は、距離が遠いだとか、行く時間がないだとか、色々な理由をつけて、やってみたいことをやらないでいた。
けれど、ある時をきっかけに、そういう自分を全部見直してみた。

「もし、時間があって、お金もあって、身体も元気で、周りは誰も反対してなくて、障害だと思っている全てのことが解消したとするならば、私は何をしたい?」
これ、めっちゃ自問自答したの。
何百回も繰り返して。

そうしたら、これまで自分が望んできたことって、無数の条件を付けた範囲内での'こぢんまり”とした望みだったことに気づいた。
そんな、自分が決めた範囲内での「やりたいこと」をやったとしても、なんかあんまりグッとこなかったりで。

今思えば、こんな狭い範囲で物事を見ていたら、自分の直感も外れて当然だったなぁと。
それからというもの、とにかく無自覚に条件付けるのをやめた。
おかげで得られるものが大きい。

こんなに素敵な先生に出会えた。
恩恵を受ける器をまずは築く必要があったんだ。

今回の稽古も、最高でした。

あ、私のヨガレッスンでは、ここ数ヶ月前から、ここで習ってることを、ほんの少しずつシレッとやってます。